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牛伏川フランス式階段工を辿り、晴れの【鉢伏山】へ:100年前の驚くべき山麓の様子とは!?Apr 18, 2019

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松本市中心地を前景に、鉢伏山(左)と高ボッチ山(右)。2019年2月城山公園より南東方向を撮影。山腹に崖の湯断層群(北東ー南西方向)。手前の中山丘陵の右側に牛伏寺断層(北西ー南東)が走り、市中心部に至り新しい河川性堆積物の下に潜在する。

 

長野県松本市の東に、高ボッチ山 (標高1,665m) を従え鎮座する鉢伏山 (標高1,929m)。

その山の名前を知らない地元の方も少なくないようですが、鉢伏山は市の景観をつくる代表的な山です。

手軽に1000m程の比高差の登山を経験でき、私も登山を再開した当初の1月に登りましたが、帰りに脚を痛めてしまいました。今回はそのトラウマを克服すべく再挑戦しました。

再挑戦の最中に、上記の写真のように緑に覆われた現在の鉢伏山とは大きくかけ離れた姿が、100年前の山腹にあることを知りました。

今回の記事では、登山道の様子・眺望と鉢伏山の明治以降の歴史について見ていきます。

※ルート説明や牛伏川砂防事業については自分のメモとしても記してあり、すこし長くなってしまいました。ですので、鉢伏山からの眺望をご覧になりたい方は目次から進んでください <(_ _)>

登山ルート

松本市からほど近い鉢伏山高ボッチ山と共に、長野県中央部、筑摩山地の南部を構成します。

鉢伏山の登山口は、鉢伏山北側の扉温泉と西側の牛伏寺にあります。

今回使った牛伏寺からのルートは、その下部で尾根筋ルートと牛伏川ルートの二つに分かれます(牛伏寺と牛伏川紛らわしいですね…)。

尾根筋ルートは牛伏寺の駐車場が登山口となり、牛伏川ルートは牛伏川いこいの広場駐車場が登山口となります。

この二つのルートは、鉢伏山スカイライン車道出合い直前で合流し一つになり、車道を経て鉢伏山荘で北側から登ってくる扉温泉ルートと合流し山頂に至ります(扉温泉ルートは2016年9月登山済み)。

前回1月の鉢伏山登山では尾根筋ルートを辿りましたが、今回は未踏査の牛伏川を遡上しました。

尾根筋ルートと牛伏川ルートでは、後述するように牛伏川沿いの登山道中間部の状態が悪いことから、整備状態の良い尾根筋ルートをお勧めします。

 

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ルート概要(牛伏川ルート)

鉢伏山登山口の牛伏川いこいの広場駐車場に設置された看板には、鉢伏山スカイライン車道出合いまでの牛伏寺ルート下部(尾根筋ルートと牛伏川ルート)が記されています。

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コース:牛伏川いこいの広場 (09:05)ー車道出合い (11:00)ー鉢伏山 (12:10-13:30)ー車道出合い (15:00)ー牛伏川いこいの広場 (16:20)

歩行距離:7.2㎞
標準所要時間:登り3h45m、下り2h30m(松本市公式サイト美ヶ原高原ロングトレイルより)
最低標高:979m(登山口)、気温:約10℃(09:00)
最高標高:1929m(山頂)、気温:13℃(13:00)

 

牛伏川ー鉢伏山スカイライン車道出合い

牛伏川ルートの登山開始は牛伏川いこいの広場駐車場から。明治時代の砂防ダムを見ながら林道をしばらく上ります。 

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牛伏川いこいの広場駐車場(左写真)と、合清水沢出合い(右写真)

 

林道が終わる松建小屋から本格的な登りが始まります。木材でつくられた登山道は所々朽ちており、厚く積もった落ち葉で登山道表面の状態が分かりづらいです。

特に勾配の急な日影沢と地獄谷は、斜面からの落石、登山道の踏み抜きや滑落など細心の注意が必要です。また、鹿よけのネットが登山道にかかり、歩きにくい場面もありました。

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松建小屋(左写真)と、地獄谷(右写真)。地獄谷は倒木が目立ちます


核心部の地獄谷を抜けると極楽平になります。ここは沢筋が無くなる広い緩斜面の落葉樹林帯で、下流に比べ歩きやすくなります。

しかし、落ち葉が厚く堆積しており登山道が不明瞭となります。足元に注意しつつ、木に巻かれた目印のテープを見ながら、迷わないように気を付けましょう。

緩斜面をトラバース気味に登ると尾根筋に道は続き、やがて眺めの良い平坦面、地獄谷石切場に出ます。

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 極楽平(左写真)と、地獄谷石切場からの眺め(右写真)

 

石切場からトラバースして北側の尾根に取り付くと、すぐに尾根筋ルートと合流してブナノキ権現が上部に見えます。

さらに尾根を10分弱登ると鉢伏山スカイラインの車道出合いの広場に着きます。

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ブナノキ権現(左写真)と、車道出合い(右写真)

 

鉢伏山スカイライン車道出合いー鉢伏山荘ー鉢伏山頂上

鉢伏山スカイラインからは歩きやすい舗装道路となります。眺望(北アルプス南部から八ヶ岳南部まで)を楽しみながら、小一時間進むと鉢伏山荘になります。スカイラインは、冬季閉鎖解除後(5月上旬)に車の通行もありますので気を付けてください。

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鉢伏山スカイラインから北アルプス南部(左写真)と、鉢伏山荘と鉢伏山頂上(右写真) 

 

山荘から山頂までは広い遊歩道を歩きます。この日は積雪があったので少々時間がかかりましたが、20分ほどで山頂に着きます。

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遊歩道(左写真)と、山頂直下の展望台(右写真)。奥に御嶽山

 

鉢伏山頂上と地獄谷石切場からの眺望

今回の登山道では、鉢伏山スカイライン以外に、眺めの良いポイントは2カ所ありました。牛伏川ルート最上部の地獄谷石切場鉢伏山頂上です。北アルプス南部の眺望だけで良ければ、石切場で十分でした。因みに、隣の尾根筋ルートや扉温泉ルートはあまり眺めが良くないです(尾根筋ルート下部の鉄塔からの眺めは良いらしいですが)。

ところで私は、移動中は主にスマートフォンのカメラで撮影していますが、眺めの良い所では一眼レフカメラを使っています。

普段カメラは、Pentax KP+DA16-85 (35mm換算24.5-130mm)の組み合わせですが、今回は槍穂のアップを捉えたく、レンズを替えてDA55-300PLM(同換算84.5-460mm)を使って撮影しました。

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松本市市街地南部と北アルプス南部(地獄谷石切場

 

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石切場から穂高連峰(左写真)と、槍ヶ岳(右写真)。北穂北斜面の切れ込みがえげつない……

 

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常念岳(左写真、石切場)と、白馬三山(右写真、鉢伏山頂上)

 

松本空港から都道府県警察航空隊ヘリ(A109E)。写真を拡大しても所属や機体名は確認できず…… 尾翼の配色から新潟県警の「はるかぜ」?

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鉢伏山頂上から新潟県妙高山と警察航空隊ヘリ(左写真)と、浅間山と同ヘリ(右写真)

 

今回望遠レンズを使用してみて、迫力のある山容や警察のヘリを(下手なりに)撮ることができ良かったかなと思うのですが、 もっと引いて山域全体を撮りたい場面が多かったです。ですので、従来の広角寄りのレンズの方が自分としては満足感が得られたかな。

 

 使用機材など:

www.ricoh-imaging.co.jp

www.ricoh-imaging.co.jp

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鉢伏山高ボッチ山、どっちがおすすめ?

鉢伏山(1,929m)と高ボッチ山(1,665m)は一つの山塊を成し、鉢伏山スカイライン(5月上旬開通、松本市林道規制情報)で繋がっている為、冬季以外は車で行き来できます。

どちらからも似たような素晴らしい景色が楽しめます。しかし、もし時間的な制約などから、どちらか一方しか行けないとしたら…… 

標高の高い鉢伏山が良いように感じられますが、以下の理由から高ボッチ山をお勧めします。

  • 高ボッチ山は徒歩(登りで1時間程短い)でも車でも短時間で上がれる。
  • 駐車場が有料(500円程)の鉢伏山に対して、高ボッチ山は無料。
  • 駐車場からの展望台へのアクセスは、高ボッチ山の方が圧倒的に良い!しかも高ボッチは駐車場も展望台!
  • 鉢伏山頂上の東側は森林によって八ヶ岳の眺望が悪く、一方、高ボッチ山は展望台と駐車場からそれぞれ眺めが良い。
  • 特に高ボッチ山展望台からの富士山と諏訪湖のコンビネーションは最高です!
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高ボッチ山中央アルプス(左写真)と、高ボッチ山駐車場(右写真)

 

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牛伏川フランス式階段工と100年前の牛伏川の姿

さて、ここからは牛伏川の砂防事業のお話です。

今回通った牛伏川ルートには、砂防施設としては2例目の国の重要文化財「牛伏川フランス式階段工」があり、ルート上のハイライトの一つとなります。

恥ずかしながら、私はこの階段工しか知りませんでした。林道を登っていくと石積みの流路や砂防ダムが次々に現れ、看板を見ると「1986年?ん?1886年…!100年以上前に造られたのか!」と驚きながら登っていきました(笑)。

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牛伏川フランス式階段工(左写真)と、明治時代に造られた上部の石堰堤(右写真)

 

下山時に堰堤横に設置された案内板をじっくり見る時間があり、この地域の砂防事業の歴史を知りました。

現在ののどかな様子からは窺い知ることのできない、荒廃した姿と長い砂防の歴史が牛伏川にはありました。

 

牛伏川の砂防事業の歴史

牛伏川(ごふくがわ、うしぶせがわ)の砂防事業は明治時代まで遡ります。

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松建小屋の看板から、100年前の砂防事業前後の写真。牛伏川の荒廃した様子(左写真)と、空石積みの砂防施設設置後の斜面(右写真)

 

昨年2018年松本市で開催された「牛伏川階段工完成100周年記念行事」の講演内容(後藤、2018)によると、

風化しやすい花崗岩(おもに角閃石花崗閃緑岩)からなる急峻な牛伏川上流域は、江戸時代から刈敷(堆肥)や城下町建設の用材として材木が切り出されていました。また野火による山火事も度々発生し、斜面から植生が失われていきました。

その結果、斜面の荒廃が進み土石流が多発しました。この土石流によって下流地域は甚大な被害に苦しみ、その記録が多く文献に残っています。特に江戸時代後半に災害が多かったようです。

明治政府内務省はこの暴れ川を鎮めるために砂防事業を開始しました(後に長野県が引き継ぐ)。しかし、当初は地元の洪水を防ぐためではなく、下流地域の新潟港の発展のために実施したようです。

砂防事業は戦中も含め断続的に現在まで続いていますが、林道に見られる大規模な空石積みの堰堤や流路は事業最初期に造られ、土石流被害も少なくなりました。

この砂防事業の代表的な建築物である「牛伏川フランス式階段工」は、フランスのデュランス川最上流サニエル渓谷の階段工を基に施工され(1916年、1918年完成)、2012年に国の重要文化財として登録されました。

砂防事業に加え、1996年から林相転換事業が始められました。砂防事業初期に植えられた北米原産のニセアカシアは、痩せ土に強いため森林回復の原動力となりました。しかし、老齢期を迎え倒木が目立ち斜面を荒らすようになりました。

現在、この外来種に替わりコナラなど在来種の植え替えが実施され、防災と生態系の保全を両立した事業が進められています。

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松建小屋付近の法面工事(左写真)と、林相転換事業概要図(右写真)

 

牛伏川の崩壊地のもう一つの原因? :崖の湯断層群

前述したように、牛伏川の崩壊の原因(後藤、2018)として、

  1. 急峻な地形
  2. 風化しやすい花崗岩からなる地質
  3. 森林の乱伐
  4. 山火事

が考えられています。

2の花崗岩についてですが、すべての花崗岩が風化に弱いというわけではありません。この地域の花崗岩を見ると、北アルプス有明山や燕岳に見られる花崗岩の真砂化*1はあまり確認できず、それほど風化が進んでいるようには見えませんでした。

この地域の地質をあらわした論文(高畑、2015)によると、高ボッチ山西麓に多く見らる「崖の湯断層群」がこの地域にも広く分布しており、花崗岩を切っていることが分かります。

最近の調査・研究で分かったこの断層群によって、地表に露出しある程度風化した花崗岩が広く破砕されることによって、上記の原因と合わせて、崩壊が進んだのかもしれませんね。飽くまでも妄想ですが……

 

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参考・引用資料

 

おわりに

今までの山行のお陰でしょうか懸念していた脚の痛みもなく、歩いていると汗ばむ陽気のなか半袖で登っていました。

そんな登山日和のもと、落ち葉や土壌の堆積した沢筋の道は、一見すると100年前に荒廃していたことが信じられない程に木々に覆われ、たくさんの動物たちの息遣いが聞こえてきました。明治時代からの先人の知恵と苦労が現在に至り実を結んだ結果なのでしょう。

しかし新たな問題が発生しているようです。先日の茶臼山と同様に、この森でもシカによる食害が深刻なようで、食害除けのネットをたくさん見かけました。

cashel.hatenablog.com

 

災害や環境の問題を一つ解決しても、多くの事象が複雑に絡み合った自然や生態系は予想もしない新たな問題を人間に突きつけます。

これからも人間と自然との知恵比べが続いていくのでしょうね。

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鉢伏山頂上の散策路付近

*1:花崗岩の物理的風化作用の一つ。鉱物の熱膨張率の違いにより、結晶単位でバラバラになり砂礫状の真砂になること。後に化学的風化に進みやすい。