月と姨捨の歌に詠まれる『冠着山』:火山に見える山の成因とは……【筑北三山ハシゴ登山③】May 3, 2019
冠着山(右のピラミッド型の頂き)。筑北三山、四阿屋山から撮影
「姨捨山」:古来より棄老説話と共に月の名所としても知られ、多くの有名・無名の歌人によって詠われた山。
「冠着山」:戸隠神社に祀られる「天手力男神(アメノタジカラオ)」が、天宇受売命(アメノウズメ)の踊りに誘われ顔を出した天照大御神(アマテラス)を引き出した後、天の岩戸を戸隠まで運んでいる途中に冠を脱いで休んだとされる山。
この二つの山は異なる云われを持ちますが、実は「姨捨山」は「冠着山」の別名であり、同一の山です。この山には、上で述べたお話だけでなく、たくさんの伝説や説話があり、昔から人々の関心を集めていたようです。
また、特徴的な姨捨山の形状や「田毎の月」で知られる姨捨の棚田は、地学的にも興味深い特色があります。
GWに筑北三山を1日で巡る登山。最終回は冠着山(姨捨山)です。
冠着山(姨捨山)への道のり
登山データ
【所在地】長野県千曲市と東筑摩郡筑北村。長野道麻績ICより鳥居平駐車場まで車で30分
【標高】1,252m
【高度差】190m
【歩行距離】2.4km
【歩行時間】1h
【展望良さ】★★☆☆☆
【難所有無】なし。鎖場など無く、良く整備された登山道。
【山域地質】下記、「地学」項目で述べます。
鳥居平登山口の駐車場。冠着山頂上は右上の行政区分線が大きく曲がった部分。
登山道概要
登山ルート
冠着山へのルートは3ルートあります。今回は筑北村側から入りましたので「鳥居平ルート」を通りました。
10台以上停められそうな広い駐車場(写真左)の脇に登山道(林道)が始まります。車で上がれる路面状態ですが、入り口の注意書きには車で乗り入れないよう指示がありました。
10分ほど(約0.5㎞)歩くと林道が終わり、歩道に切り替わります。
5分ほど登ると鞍部に出ます。さらに稜線を15分登ると山頂に着きます。あまりの短さに拍子抜けです。山に置いていかれたお婆さんも帰ってこられそうです……
なだらかな山頂には冠着神社があり、もちろん?月夜見尊が祀られています。
山頂と展望台からの眺め
頂上は松林に一部囲われており、それほど眺望はよくありません。山よりも街が良く見える印象でした。
北東部の眺望:長野盆地と霞む北信五岳
上記写真の左部分拡大:長野道姨捨SAと「田毎の月」で名高い姨捨の棚田。奥にJR姨捨駅のスイッチバックの線路が一部見える。姨捨駅は左斜面に隠れている。
稜線の中程の「展望台」からは、西側の北アルプス方面が望めました。当日は霞んでよく見えませんでした。小学生二人連れのお父さんが休憩していましたが、GWの家族サービスでお疲れのご様子でした……
筑北三山の四阿屋山
筑北三山の聖山(電波塔部分)、その背後に蓮華岳(聖山のすぐ上のピーク)と爺ヶ岳(一番右側の複数のピーク)
冠着山(姨捨山)について
姨捨伝説
まず姨捨山と言えば姨捨伝説でしょう。昔話を少しでも読んだり聞いたりしたことのある方であれば、必ず知っていると言っていいほどの民話です。
古くは平安時代前期の「大和物語」に登場し、幾つもの説話集などで形を変え語られています。
平安時代後期の「今昔物語」では、国主の命に背き家に隠した老いたおばの知恵で、孝行者が苦境を切り抜けるお話。一方「大和物語」では、嫁に言われて年老いた母を山に捨てた夫が、耐え切れずに連れ戻す内容です。
100年も200年も経てばお話も変わってしまうかもしれませんが、どちらも家族愛を表しているのではないでしょうか。現在にも通ずる教訓が込められているのでしょうね。
歌
わがこころ慰めかねつさらしなや姨捨山に照る月を見て 詠み人知らず
姨捨山を詠んだ歌は、姨捨伝説を記した「大和物語」よりも前、平安時代初期に成立した勅撰和歌集「古今和歌集」に初めて見られます。
その後も多くの歌人に詠まれ、たとえば、紀貫之、藤原定家、小林一茶、松尾芭蕉、そして山頂の石碑にもその歌が刻まれる高浜虚子。
「田毎の月」で知られる姨捨の棚田から望む美しい月や姨捨伝説は、古来より多くの歌人を惹きつけてきたようです。
地学
姨捨山から北方、この「田毎の月」を映す棚田は、長野盆地に突き出る緩傾斜地形の上にあります。この地形はその西方にある「三峯山」の土石流(姨捨土石流)の堆積物によって出来たとされています。
この棚田の南にある「姨捨山」は、フォッサマグナの海に堆積した地層(~700万年前)に、地下から上がってきたマグマが急に冷え固まる(~500万年前)ことによって出来たと一般的に考えられています。
しかし、地質学者の間で、一見火山に見える山頂付近の成因に関して食い違いがあるようです。
ある専門家は言います。雲仙普賢岳のように、地下から上がってきた粘り気の強いマグマが、山頂から流れ出ずに留まることによって出来た溶岩円頂丘(溶岩ドーム)であると。
またある学者は言います。マグマが上がってくる火道が浸食によって残り、火道内の固い火山岩(安山岩溶岩)が露出し現在の山の形をつくったと。
どちらの考えが正しいのでしょうか……謎は謎のままにしておくのも、月に映える姨捨山を更に美しくするのかもしれませんね……
いずれにしろ、大昔の火山ですので噴火の危険性はないようです……
おわりに
山桜咲く筑北三山は、三山三様、個性的な山であり、今回紹介した冠着山のように古くから地域や都の人々に親しまれ、日本全国に知られている山もあります。どの山も登山道が良く整備されており、地域の山として現在も大切にされていることが窺われます。
里山を登る醍醐味とは、このように昔から現在に続く地域の文化を味わうことにあるのでしょうね。筑北三山登山は、私にとって新しい発見でした。
今回の山行では、あいにく新月に近い時期でしたが、月の綺麗な時にまた訪れてみようと思います。
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引用・参考サイト
姨捨・冠着総合
-
さらしな堂 | さらしなは長野県千曲市にある「地名遺産」 都人あこがれの「美しさらしなの里」 Treasure Sarashina!
- 筑北村観光情報サイト:冠着山(かむりきやま)/姨捨山(おばすてやま・うばすてやま)
- ホテル亀屋本店(戸倉上山田温泉):名月の里
- 戸隠神社:戸隠神社について
姨捨伝説
和歌
上田女子短期大学リポジトリ:西山秀人 月を詠まない姨捨山の歌
姨捨駅
JR東日本旅客鉄道株式会社 長野支社:姨捨駅「スイッチバック」
地学
- 加藤碩一(1980)坂城地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質調査所, 57p. (リンク、産総研地質調査総合センター)
- 長野の大地みどころ100選:周辺の山・冠着山(姨捨山)
- さらしなルネサンス(さらしな堂):冠着山は火山ですか?-地学者の塚原弘昭さんが答えます